うたうように、はなすように、ゆっくり、ゆっくり と。○
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筑前煮のはなし
 

年の終わりに、おいしそうな野菜がたくさん届いた。
弟の友だちで農業がお仕事の男の子から箱いっぱいのお歳暮。

「鶏肉もあるから筑前煮にしてくれる?」と言われる朝。

わたしが最近、料理本を読みあさっていることを知っている人からの言葉。

母は、わたしに料理を教えてくれない。

案の定、お蕎麦を食べ終えて、
洗い物をすませてから
エプロンを着けて母を見ると、花を生けている。

料理本を読みつつも、なんとなく調味料がひっかかる。
シンプルな手順ゆえに、細かいことが気になって
ぬうー、と心の中で唸る。

ブツブツ言っていても、完全に自分の世界に入られている。(花を生け続けている。)

そもそも 本を見て料理をしたことがない。
「なんとなく」料理する母の姿を横目に
「ああするとこうなるのね」ということを繰り返してきた。

この「なんとなく」、でやってきてしまった料理。
果たしてこのままでいいのか、なんて思う日々のなかで
ふと目にとまった本を買ってきたばかりだった。

「ゴボウだけは、不安だから一度見てよね。」なんて言ってみる。
うんうん、と言われながらも目が合わない会話。

本通りにしなくては、いけないのだろうか。
という矛盾だらけの思考回路。

野菜を切っていると、
「レンコンとゴボウは、酢水につけなさいね。」と声を掛けられる。

もちろん、こちらを見てはいない。
本にも書いてない下処理のはなし。

ああそうかぁ、と思いながらそのあとも野菜を切る。

「これって、こうしたらいいのかな。」と聞いてみると返ってこない。
ちょっと経つと思い出したように「それはこうだから、」と返ってくる。

こうして下処理を覚えながら、
これだけの手間があることをあらためて知った。
野菜を切りながら、ふーっと既にやりきっている気がした。

気になった調味料のことも、このやり取りの中で解決する。

「なんとなく」でもいいのかな、なんて
また振り出しに戻っていく頭の中。

鶏肉と野菜を炒めてから、汁気を飛ばすまで煮てから時間を置いた。
朝方、インゲンを添えて仕上げをした。


自分のこさえるものを母が口にする瞬間は内心ひやひやする。
いつになっても、追いつけないものだと思っている。

それでも 箸をおいたあと
「こうして、ちょっとずつ自分の味にしていくといいよ。」と。

「おいしい」と「ごちそうさま」を添えてもらって。


−うん。 いつか、見つかるといいな。



年はじめのご飯は、ちゃんとみんなで食べよう。と
母と並んでちょとずつこさえた朝ごはん。

「おいしい」と「ごちそうさま」は嬉しい。そんな、はじまり。

筑前煮のはなし。

2014年
そんなわたしです。今年もよろしくお願いいたします。
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